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...17

「...あのう」
私は振り返った。
「...君は、坂本君だったよね」

私を呼び止めたのは、さっきまで試合をしていた、あのプレイヤーだった。
プロチームのユニフォームを着たあの時の少年と、スーツ姿の私が、20年ぶりに再会した瞬間だった。

「あの、昔町田にいませんでしたか」
どうやら私の事を憶えていてくれたらしい。私は老けはしたが、友人達にはあまり外見が変わらないと言われていたから、それで認識できたのかも知れない。それに、かなり強烈な出逢いではあった。私は可笑しくなり、少し笑みを浮かべた。

「...いたよ。君は不良とケンカしていた子だろ。あの時の」
「はい」
彼も笑みを浮かべて言った。
「ずいぶん、立派になったんだな。良かった」
「いえ...。まだまだです。さっきも負けちゃいましたし」

あの生意気そうな子供が、変われば変わるものだ。もっとも、それだけの年月は経っている。
自分のこれまでを恥じる気はないが、私は少し、忸怩たる思いを感じた。

「ところで、会場出てきてしまって大丈夫なのかい」
「あ。一旦戻ります。宜しければ連絡先を交換しませんか?」
「ああ、構わないよ」

SNSのアカウントを交換すると、彼は会釈をし、足早に戻って行った。


私は私でいつものバーに向かい、酒を飲みながら今日の事を考えていた。
まさか彼が声をかけてくるとは思っていなかったので、私は少しばかり興奮していたかも知れない。

市村さんとの再会、今回の事。面白いものだと思いながら、私は秋葉原を後にした。


数日後、彼からSNSで連絡があった。
どこかで会って話でもしないか、という内容だ。私は少し考えた後、OKの返信をした。

確かに再会は嬉しい事だったが、彼とはあの一日しか会っていないし、特に語る想い出があるわけでもない。連絡先を交換したのも、社交辞令的なものだと思っていた。

私は、彼と会って一体何を話せばよいのか考えたが、少し楽しみでもあった。

...16

市村さんと会った日以来、私はたまにゲーム関連の情報を見るようになった。
今はeスポーツとか言われたりしてもいるらしい。正直、ゲームをスポーツなどと言うのは噴飯ものだと思ったが、時代も変わったものだ。


あの子供に似ている男は坂本と言うらしい。何故か私は、彼の情報を追いかけるようになった。

高校くらいから雑誌主催の全国大会で何度か優勝し、海外の大会にも出るようになり、ここ最近にスポンサードを受けプロになっている。

今はそういうプレイヤーが多くはないものの存在するようだった。
長年BtoBにしか関わっていなかった私は、ゲームのプロにスポンサードなど成立するのか?と思ったが、どうやら海外での盛り上がりは凄いようだ。多額の賞金も支払われている。


私は、最近は妻に勧められたノベルゲームのようなものくらいしかプレイしていなかったから、当然そんな状況は何も知らなかった。

昔、買う事もできないゲームの情報を求めて食い入る様に情報誌を見ていた時代もあったのだが、最近はネットの発達で雑誌を買う人間の方が珍しい時代だ。

店頭や情報サイトなどで今のゲームを見ると、もう実写と見分けがつかない程のグラフィック、生音のサウンドが当然のようだった。しかし感動などはない。何故か、私にはそれらが酷くつまらない物の様にしか感じられなかった。


その日、私は休憩中にゲーム情報サイトを何気なく眺めていた。すると、あのプレイヤーが今日、私の職場から数分の所でタイマン勝負のようなものをやるらしい、と書いてあった。

今日はそろそろ上がる時間だが、もうすぐ始まる時間のようだった。

私は少し迷ったが、仕事を切り上げてその場所に行ってみる事にした。


職場を出てしばらく歩いた。会場のあたりは、コスプレをした呼込みの女の子だらけの場所だった。呼込みで店に行った事は無いが、何となく、キャバクラの制服がコスプレになっただけのような感じを受ける。左右から何度も声をかけられ、うんざりしながら会場を探した。

やっとの事で会場を見付け、入場料を支払い店内に入る。若い層が多く、どうにも場違いな気がした。私は周囲を見渡した。
ちょっとしたライブハウスのような店だ。壇上に向かい合わせのモニターがセットしてあり、奥の大型モニターで観戦できるようになっている。

壇上の隅に目をやると、あのプレイヤーが居た。やはり間違いない。あの時の子供だった。

試合に向けて集中力を高めているようだった。
その姿はまるでアスリートだった。私は圧倒されるものを感じた。

しばらくして、二人のプレイヤーがお互いコントローラを持ち込んで入場すると、歓声が上がった。まずは実況者の説明がしばらく続く。相手も有名なプレイヤーらしく、会場は盛り上がっていて、同時にネットで配信も行われているようだ。

一発勝負ではなく、先に十勝した方が勝ちというルールだった。賞金も出るようだ。

私はカウンターでビールを注文し、椅子に座って勝負を観戦する事にした。

試合が始まった。正直、何が起きているのかは今の私には追いきれなかったが、ハイレベルな攻防だという事だけはわかった。息をつく暇もないと言った感じだ。


一時間ほどの勝負で、彼は惜しくも敗れてしまった。
少し悔しそうにステージから降りた彼と、数秒眼が合った。

私は彼を認識していたが、彼はおそらく私を認識していないだろう。
ビールを飲み干し、すぐに会場を出た。

なぜこんな所に来てしまったのだろう。そう思うが、今こういう事が現実に行われている事に対し、少しの驚きと興奮を覚えたのは確かだ。
私は飲み直そうと思い、先日のバーに向かおうとした。


その時、背後から誰かに声を掛けられた。

...15

「お飲み物、どうされます?」

私は現実に引き戻された。


秋葉原で市村さんと別れた後、なんとなく帰り道で見かけたバーに入った。
一人で飲み直しながら、市村さんの事もあってなんとなく過去を回想していた。
あの記事を見てから、何故かそういう気分になったのだ。

私は記憶力があまり良くないが、不思議とあの頃の事はかなり鮮明に覚えていたようだ。

色々とあったが、楽しかった。得難い出逢いもあった。


だが、何かが残ったという感覚はまったくない。
今となっては、そういう事もあったな、という過去の記憶でしかなかった。

私はその後必死に勉強し、なんとか大抵の人には負けないだけのものを身に着けた。だがそれも、会社で多少偉そうに出来るくらいのものでしかなかったが。
しかし、あの時あの決断をしていなければ、今の状況すらなかった筈だ。


三杯目のグラスを注文してから、煙草に火を点けた。

何気なしに、市村さんの言っていたゲーム大会のサイトを眺めていると、優勝したというプレイヤーのインタビューが載っていた。写真もある。

「…!」
グラスを置いて、その顔を拡大したりして凝視した。

「こいつ…もしかして、あの時の子供か…?」

私はあの子供と出逢った日からゲーセンに行く事は無かった。しばらくして町田からも離れ、数年後に今の妻と出逢い、今に至る。

一度しか会っていないが、やたらと印象的な出来事だったからか、あの子供の顔はなんとなく覚えていた。

あれから二十年近く経っているが、面影があった。
もちろん曖昧な記憶ではあったので、人違いの可能性もあったが、年齢的な計算は合う。


だが、これがあの子供だったとして、だからどうしたという話でもない。それに、とっくに私の事など忘れているだろう。
そう思い、私は会計を済ませ家路についた。


帰りの電車で、あの頃のゲーム音楽をストリームで聴きながら、私は少し良い気分になっていた。

こういう気分は久しぶりだった。

...14

年末も押し迫った寒い夜、俺はいつものようにゲーセンに来ていた。
常連は来てないようだった。そのせいか気分が乗らず、対戦ではなくシューティングゲームをやっていた。

今日はあいつらと会いたかったんだけどな、と思った。


しばらくすると、対戦台の方から何か声がする。何か揉めているようだ。

何事かと思っていたら、俺の方に人が吹っ飛んできた。
また揉め事か。ここでは珍しくもない事だが、うんざりしながら飛んできた奴を見た。

そいつは中学生始めくらいだろうか。ひ弱そうなガキだった。
やったのはたまに来るヤンキー連中の一人だった。俺はそいつらと顔見知りではあったから、事情を訊く事にした。ゲームの途中だったが、仕方なく捨てゲーした。

「このガキが舐めた事ばかりしてきたんだよ。勝ってると思って調子乗りやがって」
ガキはガキで、ヤンキーを睨みつけている。俺はやれやれ、と思ってヤンキーに言った。

「まあまあ。ガキじゃねぇかよ。大目に見てやれよ」
「関係ねぇよ。外行くぞ」
俺はまずいと思い、間に入るようにヤンキーを止めた。

「こいつ、俺の知り合いなんだ。俺に免じてここは許してやってくんないか。今度なんか奢るからさ」
苦しい嘘をついた。
「小田ちゃんは引っ込んでてよ!」

かなり興奮している。これは今何を言っても駄目だと思い、俺はガキに言った。
「おい。逃げるぞ」


俺はガキを引っ張って外に出た。町田は知り尽くしていたし、あいつらは地元じゃなかったはずだ。

しばらく路地裏を進んでいった。
特に問題なさそうだったので、少し離れた別のゲーセンに退避する事にした。

「まいたかな?追ってきたのかもわからんけどな」
相変わらずガキは憮然としていた。俺は舌打ちして言った。
「助けてくれてありがとう、とか言えねぇのかお前」
「...」
黙り込んで唇を噛んでいる。悔しかったのだろう。

俺は肩を竦めた。
「何なんだよ、お前...まあいいや。とにかく、もうあそこは行くな。ガキだからってみんなが優しくしてくれるなんて思うなよ。ゲーセンにはああいうバカばっかり集まって来るんだからな。バカの掃き溜めみたいなもんだ」

俺は続けた。
「あとお前、ゲーム強いみたいだけどさ。自分で自分の身も守れないくせに、知らない奴を煽るのはもうやめとけ。危ないからな」

説教などする筋合いでもなかったが、何故か俺はそんな事を言ってしまっていた。人に説教をする事など、初めてだった気がする。まったく柄ではなかった。
俺に弟がいたらこんな感じなんだろうか。そう思った。

「...」
子供は沈黙していた。ちょっと恐がらせてしまったかも知れないと思い、俺にしては優し目にして言った。

「せっかくだから少し対戦するか。金は出してやるから」
何枚かコインを渡した。
「...うん」

ようやく喋った。現金なガキだ、と思いつつ対戦台に座った。


対戦を始めると、俺は驚いた。

あいつらには悪いが、はっきり言って今まで会ったどのプレイヤーよりもセンスがあると思った。勿論、俺も含めてだ。
勝ち方も知っている。しかも、そんなに強いとは言えないキャラでだった。
この調子で続けていったら全国優勝とかしちまうんじゃないか、と思うくらいだった。

ひとしきり対戦したが、俺はかなり負け越してしまった。
「お前、めちゃくちゃ上手いな。そりゃ、あのヤンキー達じゃ相手にもならなかったろうな」
「...そっちもまあまあ強かったよ」

一瞬むかついたが、俺はなぜかこいつの事が妙に気になった。同じくらいの時の自分に似ている気がしたからかも知れない。
自販機で缶コーヒーを二つ買い、一つを渡す。並んでベンチに座り、ひと息ついてから言った。


「なあ。...格闘ゲームで強くなって、どうすんだ?お前」
「...」
「社会に出たら、こんなもんは何の役にも立たないぜ。なのに何で俺達は大真面目にゲームなんかやってんだろうな。大事な金と時間使ってさ。これがスポーツや勉強ならこんな事思わないんだろうけどな」

こんな子供に何を言っているのか。理由は自分でもわからなかった。
しばらくして、子供が口を開いた。


「ゲーム好きだから、負けたくないだけだよ」

「...!」


その言葉は、俺には重過ぎた。

俺は勉強だろうがスポーツだろうが、平均以上の能力はあった。だが一度壁にぶつかると、これ以上は自分には無理だ、というラインを自分で引いて、いつもそこで諦めて来た。

格闘ゲームは好きだったが、既に同じようにラインを引いていた。俺はもはや、格闘ゲームにそこまでの思いを抱く事はできそうになかった。


「...そうか。そうだよな。なあ。...好きなもんで負けたくねぇよな。その気持ちは大事にしたほうがいいと思うぜ」

「...」

戸惑っているようだ。そりゃそうだろう。
自分でも不思議な気持ちだったが、何故か言わずにはいられなかったのだ。

「でも、一応勉強はやっとけよ。でないと、俺みたいになるぞ。...じゃ、そろそろ出るか」

俺は照れ隠しのように言った。


ゲーセンを出た後、腹が空いていたので牛丼屋に行き、ついでに奢ってやった。まったく、俺は何をやっているんだと思った。

「じゃあ、俺は帰るからな。もうあそこには絶対行くなよ。今日はもう帰れ。...そんじゃな」
「うん。...今日は、助けてくれて...あと、色々話してくれて、ありがとうございました」

お辞儀をしながら言う。生意気だが、そんなに性根が悪い訳でもなさそうだった。俺は駅でガキを見届けてから車を停めている駐車場に向かった。



よりによって最後にこんな事があるなんてな。



俺は、この日を最後にゲーセンに行くのを辞める事に決めていた。

不思議と、すっきりとした気分だった。

...13

響子との事があってから、俺は以前より更に対戦に打ち込むようになった。対戦している時は余計な事を考えなくで済む。

あの日以降、響子から何度か電話があったが、取る気にはなれなかった。

あの時、迷わず俺を選んでくれていたらどうだったろうか。そんな事を考えたりもしたが、もう煩わしい事はごめんだ、という気持ちの方が強かったかも知れない。


その夜のゲーセンにも炭谷が来ていた。
いつものように対戦したり他愛のない話などをしていたが、急に炭谷が真面目な顔をして俺を見た。

「あのさあ。小田さんさあ…最近、なんか怖いよ?めちゃイライラしてる感じ。...まあ、無理もないのかもしれないけどさ」

炭谷には軽くだが、響子との話はしていた。

「友達とか紹介しよっか?合コンみたいな。気分変えようよ。小田さん、顔だけはそんなに悪くないんだしさ」
炭谷らしくない事を言う。俺はそこまでおかしく見えるのだろう。なんだか複雑な気持ちになった。

「だけとはなんだ、こら。でも、もうしばらく女はいいよ。…なんか気遣わせちゃって悪いな。お前さ、普段はツンツンしてるくせに結構優しいんだよな」
「べ、別に優しくとかっつーつもりないんだけどさー。なんかさー」
照れたようだ。

俺は矛先を変えようとした。

「そういうお前はどうなんだ?そういや、俺がこないだ紹介した子とはどうなってるんだよ」
「悪いけどあの人、あんま好みじゃなかったわ」
「何でだよ。イケメンだし頭は良いし...わざわざセッティングしてやったのに。理想高過ぎるんじゃねぇの?」
「別に頼んでねーし、大きなお世話だよ!」
「いちおう言っとくけど、ゲームとか漫画のキャラとは結婚できないんだからな」
「わかっとるわ!あームカつく」

俺は吹き出した。久し振りに笑った気がする。
炭谷に対して恋愛感情は無かったが、表裏がなく好きな奴だった。炭谷の存在に俺は結構救われていたし、感謝もしていた。
彼氏が欲しいようだったので、いい男でも出来たらいいのにと本気で思い、柄にもなく世話を焼いたりもしていたのだ。


こうした仲間のお陰で楽しい日々ではあったが、俺は響子と別れてから、ある考えを持つようになっていた。


俺には何もなかった。学歴もない、特別な技能があるわけでもない。誰でも出来る仕事をなんとなくやっているだけの毎日だった。

これから自分の力で生きていきたかったが、その為には何かを身に付けないといけない。だが真面目に勉強などした事はない。今まで努力して来なかった分も取り返さなければいけない。
今のようなゲーセン通いと両立できるとは思えなかった。

こうしてこいつらとバカをやって遊べる時間も、あと少ししかない。

別に友達付き合いまで切るつもりはなかった。
だが、この空気感はもう二度とは戻って来ない。
今のこの場所でしか成立しない、かけがえのないものだという事を、俺は知っていた。


正直寂しい気持ちは大きかったが、今年が終わるまでと思っていた。